継続するチカラと
乗り越えるチカラ
施工一筋130年
棟梁として創業、“請負師”として鉄道工事で業容拡大した創成期、サウジアラビアでの工事に挑もうとした成長期など、
イノベーションに取組んだ一方で、業界に長く身を置く驕りから世間ずれが起き、時代の変化や業界内の激しい動向に適応できず、
苦しい時期を幾度も経験してきた今西組。
それらを受け入れ、変わって、乗り越えてきたのは、今西組の“ひとりひとり”でした。
1879 1896
独立
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- 1879
- 初代今西末吉、近隣で名高い大工の棟梁(松井周蔵)に弟子入り。
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- 1894
- 初代今西末吉、大工棟梁として独立する
1897 1915
今西組の創業期
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- 1897
- 初代今西末吉、材料もちで請負仕事をするようになり、屋号を「大末」と定める(今西組の創業)。
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- 1909
- 創業翌年に弟子入りした初代末吉の長男・末松、兵役を終え奈良を中心とする建築工事に従事。
1916 1936
創成期
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- 1916
- 今西末松、“請負師”として鉄道工事に進出。国鉄高田駅の本屋・跨線橋が完成し、以後国鉄の仕事を次々受注。
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- 1928
- 「国鉄鷹取工場用品庫」にて、初の鉄筋コンクリート工事を施工。
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- 1936
- 工事請負が拡大、民間工事の請負も開始した今西末松は1933年に二代目今西末吉を襲名。
9月 資本金25万円にて株式会社を設立。(株式会社今西組の設立)
1937 1977
第一次成長期
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- 1937
- 先陣を行く建設会社を参考に、屋号の“大末”あらため”今西組”へ社名と呼称を変えた二代目末吉は、引き続き請負師として工事請負を全国的に拡大する。「成長期のはじまり」
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- 1943 -1963
- 二代目今西末吉の実弟・佐藤音松、三代目として社業とくに不動産事業、および業界発展に尽力。
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- 1956
- (今西壽雄(のちに四代目)、日本山岳会第三マナスル遠征隊に参加。世界初のマナスル(標高8,163m)登頂に成功して頂上に立つ。)
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- 1963 -1995
- 二代目今西末吉の長男 今西壽雄、四代目として社業・業界発展・ネパールの地域貢献に尽力。1970年には万国博覧会でネパール館と木曜広場を建設。同年、完成工事高50億円を突破。
1978 1996
第二次成長期
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- 1979
- (サウジアラビアでの工事に挑もうとするも、オイルショックの影響か、 パートナー候補企業と連絡が途絶える)
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- 1983
- 第29回大阪建設業野球大会が服部緑地で8月に行われ、フジタ工業を準決勝で下した今西組は、決勝で大林組に守備の乱れをつかれ0対6で完敗。敢闘賞は高野浩文。
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- 1993
- ネパールの大阪名誉総領事に今西壽雄(現在は今西邦夫)。
本社内にネパール大阪名誉総領事館を開設
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- 1995 (-2023)
- 四代目今西壽雄の長男 今西邦夫、五代目として社業・業界発展に尽力。同年、過去最高益を達成。
1997 1998
創業100周年
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- 1998
- 四代目今西壽雄の念願だった「新本社ビル」が竣工。同年、完成工事高183億、社員数232名に達する
1999 2012
試練期
競争力が問われる入札制度が普及。
時代の変化や業界内の激しい動向に適応できず、 苦しい時期が続く「試練期」
1999年をピークに、 売上が落ちてくる
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- 2000 -2002
- 第一次リストラ 社員数がピーク時の2/3になる
資産圧縮がはじまる
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- 2004 -2005
- 第二次リストラ 社員数がピーク時の半分になる
大東工作所を売却
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- 2007 -2010
- 第三次リストラ 社員数がピーク時の1/3になる
本社ビルを売却
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- 2011 -2012
- 東日本大震災で工事の中断と延期が相次ぎ「暗黒期」になりかけた、
その時
2013 2025
復活期
2012年をピークにV字回復する「復活期」
売上が増え・利益を取り戻す
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- 2013
- 業況・キャッシュフローともに大きく好転する この頃より公共・民間の受注比率が7:3を維持
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- 2016
- 1人当たり粗利額が21年ぶりに過去最高を更新
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- 2019
- (大阪でお寺の住職から被害に遭う 当該工事を中止する)
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- 2024
- 大阪市優良成績認定を連続で取得 大阪市立小・中学校の施工シェアが年度1位。同年、五代目今西邦夫の長男 今西良介、六代目を承継。
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- 2025
- 連続で増収増益を達成 1人当たり粗利額が過去最高
3月 全社員にベースアップを実施 現在、完成工事高54億、社員数65人
